マルクス・リバイバルの旗手役であるムストが若い世代に向けて書いたマルクスの新しい伝記。
学生時代のマルクスから、経済学研究と政治的活動に苦難した時代、そして療養のためのアフリカへの旅まで包括しており、非常に充実した内容となっている。 その最大の特徴としては、批判的・歴史的マルクス=エンゲルス全集であるMEGAと、その研究の成果が反映されているところであろう。それは特に、マルクスが若い時に書いた『経哲草稿』の性格の位置づけ(抜粋ノートのはりつけがいかに多く未完成なものだったか)や、インタナショナルの実態についての叙述、晩期マルクスの共同体論に現れている。 理論的にもう少し展開してほしいところや内容的に修正が必要な箇所は見受けられるものの、ソ連型の伝統的マルクス主義や、それに対抗して現れた初期マルクスを持ち上げるマルクス解釈への批判としては優れた伝記だと言えるだろう。ムストが批判対象としているマルクス解釈が日本では根強いだけに、『経哲草稿』の文献学的考証と、マルクスにとっての「疎外された労働」概念の問題意識と核心について描かれた章はぜひ読まれたい。 個人的に面白かったのは、インタナショナルでのマルクスの活動がかなりページを割いて紹介されているところである。インタナショナルでのマルクスについてまとまっている本はなかなかお目にかかれないので、勉強になった。この箇所を読めば、マルクスがプルードンや相互主義者、バクーニンを批判し、国家権力を(奪取ではなく)利用して労働時間規制を勝ち取る改良闘争をどれだけ重視していたのかがよくわかる。マルクス解釈のなかでは改良闘争の限界ばかりが強調されてきたこともあって、伝統的なマルクス理解に馴染んでいる人ほどこの箇所は新鮮にうつるにちがいない。この改良闘争の強調は、日本では特に重要だろう。なぜなら、日本ではヨーロッパと違って改良闘争すら広がらず敗北してきたからであり、まずはそこから出発する必要があるからである。 以上に挙げた、伝統的マルクス主義や規範論的マルクス解釈の批判、改良闘争の必要性の強調という特徴からして、『アナザー・マルクス』は日本で読まれるべくして生まれた伝記といえるかもしれない。
Marcello
Musto