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Andrés Gómez, La Tercera

El italiano Marcello Musto, experto mundial en Marx, viene desarrollando una nueva lectura de la obra del pensador alemán, a partir de sus manuscritos, cartas e ingente material inédito. Musto planea que Marx, con distancia, es el pensador más citado y menos leído. “Después de 1917, la ortodoxia marxista-leninista impuso un monismo inflexible que no pudo menos que producir efectos perversos en los escritos de Marx”, escribe. Así, su obra fue censurada, desmembrada y manipulada a conveniencia. Contra la idea establecida, Musto demuestra que en sus últimos años Marx no dejó de escribir, siguió estudiando y reflexionando. En este breve período, entre 1881 y 1883, aprendió ruso para comprender a los populistas de ese país, viajó a Argel, y amplió su estudio a las secuelas ambientales del capitalismo y las devastaciones provocadas por el colonialismo.

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Understanding Communism: From the French Revolution to Karl Marx (Talk)

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Lucas Lavado, El Perfil

En los tiempos que corren, acompañados de espectaculares innovaciones, cada idea y cada nuevo dato que se descubre en sus textos inéditos resisten y sobrepasan el olvido. Siguen suscitando controversias como ningún otro pensador en la historia de la cultura, incluso por aquellos que no le han leído, y quizá por eso mismo. Provoca debates incansables, inspirando la renovada explicación del cosmos y la sociedad, levantando emociones suscitadoras porque entran en el quid del mundo vivo. Leer sus escritos hace que la lectura sea un alimento que mejora el espíritu.

Marcello Musto, sociólogo de la Universidad de York en Toronto, escribe un volumen relativamente breve: Los últimos años de Karl Marx, 1881-1883, una biografía intelectual. De lectura amena, intercalada de citas breves, presenta algunos escenarios y pasajes de la azarosa vida intelectual de los últimos años del más influyente pensador político. Con claridad expositiva, hace énfasis en aspectos conmovedores desconocidos hasta hoy. Es lo que justifican autores y libros en medio de la odiosa ampulosidad.

Después de que la Editorial Riuniti publicara, entre 1972-1990, 32 volúmenes de los 50 previstos, la Editorial Lotta Comunista editó 15 volúmenes; son los que se citan y comentan generalmente. De sus manuscritos y cuadernos de apuntes han visto la luz 70 de los 114 previstos, que según el autor aún existen por poner a disposición de los lectores otros volúmenes que algún día llegarán a los lectores. Y no existe autor que tanto encono haya suscitado, sobre todo, por parte de quienes no lo han leído. Es un enigma que se va aclarando.

Este volumen de Musto nos muestra un cerebro pensante sin concesiones a las penurias, un ser humano lleno de dificultades y la salud quebrantada, pero entregado a pensar en una causa que nunca abandonó hasta sus últimos días, vividos con tesón y dignidad. Con ventanas abiertas para ver, pensar y actuar en un mundo cada vez cambiante, abriendo puertas para entender por qué cautivó a multitudes y por qué suscitó diálogos fecundos, encendidos debates y controversias inacabadas que han provocado caudales de emociones, pensamientos y acciones.

Abarca un tiempo breve que cubre los últimos años de vida, desde inicios de 1881 hasta inicios de 1883, conformado por cuatro breves capítulos: 1. Nuevos horizontes de investigación, 2. Controversias sobre el desarrollo del capitalismo en Rusia, 3. Los tormentos del Viejo Nick, 4. El último viaje del Moro. Un acercamiento precedido por una investigación seria y de primera fuente que posibilita tomar nota acerca de algunas novedades que permiten comprender una vida intelectual rica, lejos de los acartonados cercos de la ideología.

Aquejado por dificultades familiares y una enfermedad pleural irreparable, agravado por el mal tiempo, pudo sobreponerse para seguir investigando y estudiando la matemática, la física, la química, la biología, la historia, la sociología, la economía y la antropología. El cometido de toda una vida y un desmentido directo a la visión estrecha de algunos expositores marxistas pegados a recetarios y consignas. Esta preocupación y cometido de Marx recobran actualidad justamente cuando urge la evaluación de los cambios políticos, como el declive inexorable de la unipolaridad dando paso a la multipolaridad.

Y, para ser breve, hay una cuestión que es más actual y viva en el legado de Karl Marx porque atañe al núcleo motor de la investigación. Tan ausente en los manuales más acreditados de investigación científica, porque tiene que ver con el planteamiento de los problemas y las preguntas pertinentes, pasada con ligereza por los manidos manuales. Presentes en los procesos de revolución, que son procesos complejos, muy lejos de un rápido vuelco de sistema, dado que entrañan la necesaria discusión entre los conceptos y la realidad. Queda tiempo para revisar los innumerables manuscritos, la revisión de sus nuevas investigaciones, el contacto con políticos e investigadores y la visita a Argelia que le obligaron a repensar sus investigaciones y volver a revisar su estilo.

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Satoru Kikuchi, Political economy quarterly

『万国の労働者,団結せよ!――マルクスと第一インターナショナルの闘い』マルチェロ・ムスト編著,結城剛志監訳,柏崎正憲・塩見由梨・𠮷村信之訳,2022年,大月書店

菊地賢(立教大学)

本書の内容
本書は近年のマルクス・リバイバルに多大な貢献を果たしているマルチェロ・ムスト氏によって編まれた国際労働者協会(第1インターナショナル:以下「IWA」と略記)に関する資料集の翻訳である。邦語で読めるムスト氏の文献としてはマルクスの伝記『アナザー・マルクス』(江原慶・結城剛志訳,2018年,堀之内出版)がある。この著作ではマルクスの研究や活動のみならずその時々の体調など細部にわたる情報をくみ取りながらも,手際よくまとめたムスト氏の手腕が光っていた。こうしたムスト氏の手腕は,人物や派閥の特徴をうかがえる適切な資料を選び,編集するという本書のような資料集にも存分に生かされている。
既訳があるものも含まれているが,本書に収録されている80点のうち49点が初めての邦訳となっている(xvii)。また,原文がフランス語のものについては,英語からの重訳ではなくフランス語から直接翻訳がなされている。IWA関する資料集としては本邦初のものであり,その意義は極めて大きい。今後IWAについて触れる際の必須文献と位置付けられるものだろう。この資料集の編集上の方針としては,「インターナショナルの文書の利用可能な版をもとにして,政治的・理論的論争の注目すべき論点を際立たせること」が意識され,新聞や手紙の抜粋などを除外したインターナショナルの公式文章のみが対象とされている(xxiii)。
本書はムスト氏による「序論」に続いて,資料が13のテーマに分けられて収録されている。このような収録方法は,「政治的・理論的論争の注目すべき論点を際立たせること」という編集方針が大きく反映された本書の大きな特徴である。IWAに精通していない読者からすれば,多種多様な人物や派閥が登場するIWA史を辿るだけでも大きな苦労を伴うものであり,とりわけこうした「資料集」は忌避される傾向があるように思われる。しかしテーマ別に編集されていることにより,読者は初めから通読せずとも自分が興味関心を抱いているテーマから「つまみ食い」的に読むことができる。この意味で,本書はIWAを研究する専門家のみならず,幅広い層に対して開かれた資料集と言えるだろう。
さらに「序論」では100頁ほどでIWAの通史が描かれており,この点も,IWAに馴染みのない読者に対して親切な構成となっている [1]。「序論」では通史を描くうえでの主要な段階が二つの観点から設定されている。第一のものが組織上の観点からであり,「(1)インターナショナルの誕生(1864-1866年),創立から第一回大会(ジュネーブ,1866年)まで。(2)拡大期(1866-1870年)。(3)革命の高揚期とパリ・コミューン(1871-1872年)後の弾圧の時期。(4)分裂と危機の時期(1872-1877年)」(16頁)とされる。第二のものが理論的発展の観点からであり,「(1)インターナショナルを構成するさまざまな分子の間での初期の闘争と,インターナショナルの基礎固めの時期(1864-1865年)。(2)集産主義者と相互主義者の間の主導権争いの時期(1866-1869年)。(3)中央集権主義者と自治主義者との間の衝突(1870-1877年)」(16頁)とされる。基本的には党派間の争いとして叙述が進められているものの,1872年のハーグ大会以降のIWAの衰退について触れる際には,その決定的な理由をマルクスとバクーニンの対立に求めるのではなく,当時の世界の変化がインターナショナルを時代遅れにしたとしている(72頁)。
ムスト氏が描く通史の特徴としてまずあげられるのは,ソヴィエトの正統派に対する批判である。ただしその際,具体名などはあげられず,またその内容についても明確な概念規定がなされているわけではないので,この批判が成功しているか否かを判断するのは難しい。所々でなされている批判点としてあげられるのは,マルクスのインターナショナルでの役割は,すでに完成されていた政治理論を歴史の段階に応じて機械的に適用していったというソヴィエト正統派の見方に対して,IWA内での議論を通じてマルクスは自身の理論を発展させ,ときには修正することもあったという点である(8頁)。しかし具体的なものがあげられていないため,その内実をうまくくみ取ることができなかった。
さらにマルクス派とそれ以外の派閥との対立を描く際に見られる特徴が,政治権力の獲得,政治闘争そして政党の意義の強調である(56,64,66,68頁)。こうした政治闘争に対して相互主義者や自治主義者たちの棄権主義という構造が描かれている。トーンとしては相互主義者に対してより否定的な描き方がなされている。ムスト氏曰く,「相互主義者は事実上すべての政治活動を棄権して,初期のインターナショナルのお荷物になっていた」(78頁)。これに対して,ギヨームやバクーニンら自治主義者は「消極政治」をかかげ,「インターナショナルの革命的な構成要素」であったことが強調される(78頁)。
このように政治闘争を中心に対立点を設定するムスト氏の見方は,マルクスがIWAを去ったハーグ大会以降の描き方にも見られる。ハーグ大会以降,IWAは総評議会の政治的指導の下で多数派を形成した中央集権主義者と,支部の意思決定の絶対的な自律性を認めていた少数派の自治主義者(あるいは連合主義者)に分裂した。そして規模としては縮小しつつも,自治主義者たちがスペインやイタリアなどに勢力を広げていった。ムスト氏はこのように総評議会に対する急進的な反対が広まった経緯の原因に,1871年ロンドン協議会でなされた決議,すなわちインターナショナルを政治的に統合された組織にするために,各国に政党に相当するものを設立し,総評議会への集権化が強行されたことにあるとする(91頁)。
IWAの歴史を振り返ったうえで,ムスト氏がIWAの意義として打ち出すのは,「労働の解放が一国の内部で勝ち取られるものではなく,むしろグローバルな目標であることを労働者に理解させることに役立った」(98頁)ということ,すなわち国際主義の重要性である。それに加えて,ムスト氏は,エコロジー,貧富の格差,女性の抑圧,戦争,人種差別と排他的な愛国主義といった諸問題に直面する現代の労働運動に対して,インターナショナルがもつ「組織の多様性と,目的における急進主義」という特徴に基づいた組織再編が急務であることを訴える(98-99頁)。
このようなIWAの意義を踏まえながら,ムスト氏は13のテーマに分けて資料の編集を行っている。第1部「創立宣言」にはマルクスによるIWAの創立宣言が収録されている。第2部「政治綱領」には同じくマルクスによるジュネーヴ大会の決議とブリュッセル大会の決議が収録されている。これらの宣言や決議では,労働時間の削減や児童労働の問題,協同組合,そして戦争と常備軍に関して言及が行われており,IWAの基本的姿勢を見ることができる。
第3部「労働」では機械が労働者にもたらす影響に関する諸派の報告および声明が収録されている。資本家の下にある機械を労働者たちの下に置く,という路線に関しては諸派においても概ね共通しているように思われるが,その際,相互信用金庫の役割を強調する一派もいるなどプルードン主義の特徴もうかがうことができる。また,この部では女性の賃労働を巡る問題についての報告も収録されている。当時,ベルギー支部の多数派の主張は,女性の解放も働く男性の解放を通じてのみ達成されるのであり,女性を家庭に戻るように呼びかけるような保守的なものであったとされる(144頁注11)。こうした中,女性の独立やIWAにおける男性中心主義を糾弾する資料を掘り起こし,少数派の主張に光を当てた点にムスト氏による編集の特徴が見て取れる。
第4部「労働組合とストライキ」では,労働組合の位置づけを巡る諸派の見解の相違を見ることができる。この部には,マルクスが『賃金,価格,利潤』において賃金の平等ではなく賃労働制の廃止を求めた箇所が収録されている。この主張そのものはオーウェン主義者のジョン・ウェストンに対して行われたものであるが,この部に収録されているド・パープの報告も合わせて読むと,賃金の平等を求める主張がIWA内で一定程度広がりをもっていたことを見ることができる。
第5部「協同組合運動と信用」には,主に相互主義者たちによる無償信用論や,それに基づいた協同組合論,アソシエーション論が収録されている。彼らの主張からうかがえるのは,協同組合として目指されるべきなのは生産者協同組合ではなく,消費者協同組合であるということだ。前者のように利潤の獲得を行うのではなく,商品の原価での交換や無償信用による利子の廃止などを目指すべきとされる。第6部「相続について」には,相続権を巡るマルクスとバクーニンの報告が収録されている。相続権の廃止を唱えるバクーニンに対して,マルクスは問題の本質はそこにではなく,相続権を法的帰結として生み出すところの社会の既存の経済的組織にあるとする。
第7部「集団的所有と国家」には土地の集団的所有や国家の廃絶に関する報告が収められている。この中で独特の色彩を放っているのが,ド・パープのパンフレットや講演である。彼は国家の廃絶を唱えるアナーキストたちの理論において,治安,民事,公共施設の維持や水道の整備といった公共サービスに関して論じられていないことを糾弾する。未来社会においては多くの新しい欲求が生まれ,こうした「国家」の行政機能は拡大していくと彼は論じる。そのうえで彼は単に国家の廃絶を追求するのみならず,コミューン同士が連盟を組織し委員を選出することを通じて,こうした国家の機能を再構築することを主張する。ド・パープは,IWA内でマルクスに次ぐ理論家と位置付けられている。そうした彼の理論の一端がうかがえる点は,本書の大きな貢献と言えるだろう。
第8部「教育」では教育の内容ではなく,公教育のあり方や無償教育の必要性について述べられた報告が収められている。第9部「パリ・コミューン」には,マルクスの『フランスの内乱』の第3部および第4部からの抜粋が収められている。第10部「国際主義と反戦」,第11部「アイルランド問題」,第12部「アメリカに関して」は一連のものとして読むことができる。第10部には様々な人物の報告が収録されているが,戦争の原因を貧窮と見なし,その解消に注力することの重要性を唱えるという点では概ね一致しているように思われる。
それに対して第11部,第12部で中心をなしているのはマルクスのものである。資本主義とレイシズムの結びつきを糾弾し,アメリカにおける奴隷制の廃止やイギリスにおけるアイルランド人とイギリスのプロレタリアートの対立の解消に,資本主義に対する抵抗の端緒を求めるマルクスの姿勢をうかがうことができる。あえて「アイルランド」と「アメリカ」に関する部を設けたのは,こうしたマルクスの主張を際立たせるというムスト氏の意図があったように思われる。アンダーソンによればIWA総評議会のイギリスのメンバーとマルクスの間にはフィニアン党に対する見方に乖離があったとされているが [2],IWA内におけるアイルランド問題やアメリカの奴隷制に関する言論情況がうかがえる資料も収録されていれば,マルクスの主張の背景やその意義がより明確になったと思われる。
第13部「政治組織」には「序論」において示された政党組織の重視というムスト氏の姿勢をよく見ることができる。労働者階級の政治を唱え,IWAの組織化を推し進めようとするマルクス,エンゲルスと,そうした組織がもつ権威性を問題とするギヨームやバクーニンら自治主義者の対立を見ることができる。

疑問点
多くの層に開かれた形で編集された本書は大きな意義をもつものであるが,疑問点がないわけではない。ここでは2つほどあげたい。第1にあげられるのが,IWAの意義としてあげられた国際主義や多様性という視点をムスト氏自身が上手く生かせているのか,という点である。「序論」で描かれた通史で中心となっていたのは,労働者政党の組織化に親和的か否かという点であり,最後になって唐突に多様性の重視が掲げられている印象は拭えない。たしかに本書においては,資料として女性の賃労働を巡る報告や常備軍や戦争に関する報告が収められてはいる。しかし通史においてそれらの資料は脇に追いやられてしまっているのだ。資料を踏まえた上で改めて,相互主義者たちの家父長主義的な姿勢がもつ問題性や,当時の運動に対して国際主義がもった意義などについて積極的な言及があってもよかったのではないだろうか。
疑問点として第2にあげられるのが,政党中心主義的な観点によって,とりわけ相互主義者たちの取り組みが低く位置づけられている点である。彼らが行った協同組合や無償信用の取り組みは,ムスト氏の検討の俎上にものらない。もちろんマルキストというムスト氏の立場上,幾分か相互主義者に対する評価が低くなる点は致し方ない部分もある。しかし看過できないのは,相互主義者の取り組みを低く評価するあまり,マルクスにおける協同組合の評価が抜け落ちてしまっている点である。第5部「協同組合運動と信用」でとりあげられているのは,相互主義者たちの取り組みであるが,本書にも収録されているようにマルクスも協同組合に関しては積極的な評価を行っている。
ただし両者が想定する協同組合は異なるものである。この点に関しては本書にも収録されている両者の資料において,互いの協同組合構想に対する批判からもくみ取ることができる。相互主義者が目指していた協同組合とは,商品の原価での交換や無償信用による利子の廃止などを目指したものと見られる。おそらくこれが消費者協同組合と位置付けられている(216頁)。一方,相互主義者たちが掲げる協同組合を「協同組合商店」(122頁)と批判したマルクスが積極的に評価しているのが生産者協同組合である。収録されている資料からも協同組合を巡る両者の議論の対立が見られることから,この点に関して何らかの言及があるべきであっただろう。
以上のような疑問点はあるものの,本邦においてIWA研究を行う上で基礎となる資料を本書は提供している。本書の刊行を機にIWA研究が盛り上がることを期待したい。

参考文献
・Anderson, K. [2010=2015], Marx at Margin, University of Chicago Press (平子友長監訳, 明石英人・佐々木隆治・斎藤幸平・隅田聡一郎訳『周縁のマルクス』社会評論社, 2015年).

 

[1] 「序論」の付録と12,13節以外は,本書の後に出版された『アナザー・マルクス』(VII,IX章)にも収録されている(原著では本書が2014年,『アナザー・マルクス』が2018年の出版となっている)。
[2] Anderson [2010=2015] 197頁。

 

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Il professor Marcello Musto alla Spezia per parlare di socialismo

Prosegue in questo modo l’impegno delle tre associazioni per fare conoscere criticamente il pensiero socialista, per scoprirne i caratteri ancora sconosciuti e per coglierne i limiti ma anche l’attualità.
Come scrisse nella “Postfazione” alla seconda edizione del Capitale, Marx cercò sempre di evitare di “scrivere ricette per le osterie dell’avvenire” e non compose mai un testo specificamente dedicato alle caratteristiche della società socialista. Tuttavia, i suoi manoscritti degli anni Cinquanta e Sessanta dell’Ottocento (in particolare i Grundrisse e le Teorie del plusvalore), così come il Capitale, Volume I, contengono numerosi accenni di quelli che egli considerava i tratti fondamentali della società post-capitalista. Attraverso la sua critica del capitalismo, Marx mise in luce alcune delle caratteristiche essenziali – economiche e sociali – di quella “società di produttori liberi” che, a suo avviso, avrebbe sostituito la realta’ borghese, fondata sul lavoro salariato e sulla proprietà privata dei mezzi di produzione. La conferenza presenterà questi preziosi frammenti marxiani, confrontandoli con le principali teorie degli altri socialismo dell’Ottocento.
Venerdì 24 ottobre Musto ha tenuto una conferenza a Sarzana sul tema “La Sinistra e la guerra. Storia di una relazione complessa”. Secondo lo studioso occorre tornare all’inizio del socialismo, quando – nel congresso del 1868 – i delegati della Prima Internazionale votarono una mozione che impegnava i lavoratori a perseguire “l’abolizione definitiva di ogni guerra”. Raramente le guerre – ha sostenuto – hanno avuto l’effetto democratizzante auspicato dai teorici del socialismo. Al contrario, esse si sono spesso rivelate come il modo peggiore per realizzare la rivoluzione: a causa del costo di vite umane, della distruzione delle forze produttive, dell’ideologia di violenza e del nazionalismo che trascinano con sé e accrescono il potere di istituzioni autoritarie. La guerra è il fallimento della politica: per questo la sinistra, se vuole tornare a dimostrare di essere capace di declinare la sua storia per i compiti dell’oggi, deve scrivere sulle proprie bandiere, in maniera indelebile, le parole “antimilitarismo” e “no alla guerra!”.

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“La Sinistra e la guerra. Storia di una relazione complessa” incontro con il professor Marcello Musto a Sarzana

Il Circolo Pertini, l’associazione Compagno è il mondo e l’Associazione Culturale Mediterraneo organizzano, venerdì 24 ottobre alle ore 17 a Sarzana (Sala della Repubblica, via Falcinello 1), un incontro con il professor Marcello Musto, docente all’Università di Toronto e visiting professor alle Università di Pechino, Roma, Helsinki, Parigi e Pisa, sul tema “La Sinistra e la guerra. Storia di una relazione complessa”.
Musto, nella conferenza, esaminerà criticamente le posizioni sulla guerra – e sulle sue diverse declinazioni (“guerra di difesa”, “guerra giusta”, “guerra rivoluzionaria”, etc.) – assunte dalle principali correnti della sinistra – socialista, socialdemocratica, comunista, anarchica, femminista –, così come da alcuni dei suoi principali intellettuali, tra i quali Marx, Engels, Jaurès, Luxemburg, Lenin, Kropotkin, Malatesta, Mao e Chruščëv.
Lenin, in particolare, sostenne «nella storia sono più volte avvenute guerre che, nonostante tutti gli orrori, le brutalità, le miserie ed i tormenti inevitabilmente connessi con ogni guerra, sono state progressive e utili all’evoluzione dell’umanità». Se ciò è stato vero per il passato, sarebbe miope ipotizzare che possa ripetersi nel contesto di diffusione delle armi di distruzione di massa della nostra società contemporanea. Raramente le guerre – da non confondere con le rivoluzioni – hanno avuto l’effetto democratizzante auspicato dai teorici del socialismo. Al contrario, esse si sono spesso rivelate come il modo peggiore per realizzare la rivoluzione, sia per il costo di vite umane che per la distruzione delle forze produttive che esse comportano. Le guerre diffondono, infatti, un’ideologia di violenza che si unisce, spesso, a quei sentimenti nazionalistici che hanno più volte lacerato il movimento operaio. Di rado, esse rafforzano pratiche di autogestione e democrazia diretta, mentre accrescono il potere di istituzioni autoritarie. È una lezione che non andrebbe mai dimenticata anche dalle sinistre moderate.
Il monito più fecondo delle Riflessioni sulla guerra (1933) di Simone Weil discende dalla capacità di saper comprendere “come può una rivoluzione evitare la guerra”. Secondo l’autrice francese, “è su questa labile possibilità che occorre puntare, o abbandonare ogni speranza». La guerra rivoluzionaria si trasforma spesso nella «tomba della rivoluzione”, poiché essa non permette ai “cittadini armati, di fare la guerra senza apparato dirigente, senza pressione poliziesca, senza giurisdizione speciale, senza pene per i disertori”. La guerra incrementa, come nessun altro fenomeno sociale, l’apparato militare, poliziesco e burocratico. Cancella “l’individuo di fronte alla burocrazia statale con il sostegno di un fanatismo esasperato”, avvantaggiando la macchina statale e non i lavoratori. Pertanto, la Weil ne desunse che “se la guerra non termina al più presto e per sempre (…) si avranno solo quelle rivoluzioni che, anziché distruggere l’apparato statale lo perfezionano” o, detto ancor più chiaramente, “si finirebbe per estendere sotto altra forma il regime che ci vuole sopprimere”. E per questo che, in caso di guerra, “bisogna scegliere tra l’intralciare il funzionamento della macchina bellica, della quale siamo un ingranaggio, e l’aiutare quella macchina a stritolare alla cieca le vite umane”.
La conclusione della riflessione di Musto è che per la sinistra, diversamente dal celebre detto di Carl von Clausewitz, la guerra non può essere “la continuazione della politica con altri mezzi”. In realtà, essa altro non è se non la certificazione del suo fallimento. Se la sinistra vuole tornare a essere egemone e dimostrare di essere capace di declinare la sua storia per i compiti dell’oggi, deve scrivere sulle proprie bandiere, in maniera indelebile, le parole “antimilitarismo” e “no alla guerra!”
Marcello Musto interverrà anche alla Spezia lunedì 27 ottobre alle 17,30 alla Spezia (Favaro, Sala Avis) sul tema “Le origini del socialismo: dalla Rivoluzione francese a Karl Marx”.

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Understanding Communism: From the French Revolution to Karl Marx

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マルクス・リバイバル:グローバルな観点か ら